最終的に悟りでもひらくつもりか

今日死んでも、明日死んでも後悔しない。そういう生き方ができてる。幸せな事だと思う。そんな自分を誇りに思う。
幸せになる事は人間の権利じゃない。義務です。果たすべき義務。

今月も来ました

今日はばーちゃんの月命日。
ばーちゃんが死んでしまった時、私にしかわからないやり方で伝えに来てくれた事、今でもうれしかったと思ってる。
それを誰かに話しても、信じてもらえないか、頭がおかしいと思われそうなので言いませんけど、私はちゃんと知っている。あれがお知らせだった事。
ばーちゃんと私、二人だけの秘密ね❤

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約束どおり

口が裂けても言えないだけで、妻の妊娠を喜べなかった夫は意外に多いと思う。逆に、夫がものすごく喜んでいるけど、妻の方が喜べない、このまま産んでもいいのか悩むっていうパターンもある(こっちは少数派だと思うけど)。
ゆえに、罪悪感は必要ないのでは?どのみち、喜べなかったという感情は変えられない事実としてそこにあるのだし。
どんな感情であれ、「そういうふうに感じてはいけない感情」なんて存在しないと思う。それを口に出していいかどうかの判断はしっかりすべきだと思うけど(相手が傷付いたりしないかよく考える必要はある)。
本当はまだお父さんになりたくなかったんだね?あるいは、妻の妊娠をきっかけに、本当は子供を欲しいと思っていなかった事に気付いた。
前者なら心配ない。後者なら遅かれ早かれ離婚するね。だって愛せないならそばにいる必要ない。いても意味ない。

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ただの予想ですが

奥さんから妊娠したと告げられた。素直に喜べなかった。動揺した。そんな自分にも動揺した。罪悪感や自己嫌悪を感じた。ゆえに良き夫、良き父親になろうと決意した。しかし、たびたび心が揺れる。自分の人生なのに、自分の手に負えないものになりつつあると感じる。
っていうところだろうか?今の状況。
これ全部当たってたらちょっと怖いけどね。女の直感、怖って。

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神様あのね

相手が結婚しているかいないか、子供がいるかいないかにかかわらず、ただその人を愛おしいと思い、寄り添い、見守り、応援し、思いやり、大切だと思えたらどんなにいいだろう。見返りを求めず、ただひたすらに好きだと思えたらどんなに幸せだろう。
こういうの、一方的だと愛ではなく、押し付けになりますよね?双方向になったら愛って呼んでもいいですか?神様。
私にもできますかね?私もたった一人をそんなふうに思えるようになりたいのです、神様。

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ご存命なんでしょうか?

今日は父の誕生日。おめでとう。
記憶の中にいない、思い出の中にいない父。
結婚式の写真が残っていたのでこっそり見たら、千葉県知事に似てた。母の男の人の好み、ちょっとわからない笑
やけどの痕がある事で母を責めた事は一度もないと以前書いたけど、父がいない事は一度だけ責めた事がある。でも、今後二度と責める事が無いよう必要なたった一回だったと思う。
親が片方いなくても子供を育てられるって事、私たち姉妹に母が証明してくれた。親が片方いなくても子供が立派に育つって事、私たち姉妹が母に証明できた。
父と母がいなければ、私と妹は今この世にいない。
私の名前は父がつけたと母から聞いた。父は命と名前をくれた人。思い出も記憶もないけれど、私にはその二つで十分だったのだろう、きっと。
生きてるといろいろあるけど、おかげさまで幸せですよ、私。

感情の所有者

誰を好きだと思い、誰を嫌いだと思うか、何に喜びを感じ、何に悲しみを覚えるかは完全に私の自由であり、他の人の自由だ。私の感情は私のもので、他の人の感情は他の人のものだ。誰にも侵す事はできない。
自分の気持ちに嘘をつくのにも限界がある。所詮無理。自分の気持ちをごまかし通すなんて。どんな感情もそのままを受け入れよう。今はそう思ってるんだから、それはそれでよし。その感情がどういうものであれ、感情は美しい。人間だから感じる事ができるのだし。

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